狼の像と雪の林道
2022/02/12 埼玉県小鹿野町・木魂神社~秩父市・林道粟野山線
 
 前回、林道へ走りに出てから約ひと月が経つが、その間で特に林道の状況(通行不可が可になるとか)が変わるわけでもなく、相変わらずこれといった林道への目的も持てずに走りに出る気もあまり湧いてこなかった。そんな中ツイッターで、まだ訪れていない狼像のある神社の写真が流れてきた。まだ訪れていない埼玉県内の狼信仰神社は、山登りをしなければ辿り着けない場所がほとんどなのだが、ここならバイクで行くことができるし、あまり林道を走れないこの季節のうちに行っておくのもいいかもしれない。どうせなら近くの林道も合わせて走ってこよう。それじゃあさっそく出発だ。
 
 本日最初にやってきたのは、小鹿野町の木魂(きむすび)神社。県道209号線から天狗山に向かって伸びる道を進み、その山頂に神社があるとのことだ。
 
 その道を100mと進まないうちに、路上は雪に覆われてそれ以上バイクでは進めなくなってしまった。実は2日前に降雪があったばかりで、県道などは問題なく走れるだろうとは思っていたが、そこから山へと入る道には雪が残っているだろうことは予想していた。
 
 なので、少し下がった地点の路肩の雪が融けた場所にBAJAを停めて、ここから神社まで歩いていくことにする。BAJA君、ちょっとここで待っててね。
 
 バイクで進めなくなった車道の少し先の地点の脇に鳥居が立っている。その先で少しのあいだ参道は車道と重複して上っていく。
 
 そういえばこの木魂神社、狼像を求めてやってきたのだが、神社そのものは狼信仰というわけではないようで、創建は天狗を由来とするものらしく、毎年5月に行われる例大祭は「津谷木のお天狗様」よ呼ばれているそうだ。参道に掲げられたこの由緒書きの他に、参道改修記念碑や霊鐘由来の碑などもあったが、どれも狼信仰についての記述は見られなかった。
 (↑写真をタップすると別ウインドウで拡大画像が開きます。)
 
 神社へと向かう車道は、コンクリート舗装に箒目の加工がされるほどの急坂で、今日はオフブーツを履いてきたこともあって、歩いて登るのもなかなかしんどいものがある。
 実はこの先で、車道から本来の参道が分かれているのだが、さっきまでバイクで走っていた所為か、参道へと入らずにそのまま車道を進んでいた(そのうえ、参道の写真を撮り損ねる始末・・・)。
 ちなみに本来の参道はというと、入口こそ石段があるものの、その先は登山道として見ても険し目な山道を登っていくものだったようで、どのみち今日のオフブーツ装備では無理だったようだ。さらに言うと、この車道は平成6年になって整備されたものらしく、それまではその険しい山道を登るしか神社へ辿り着けなかったということか・・・。
 
 参道との分岐を過ぎて、道が一旦平坦になる場所に出ると、そこには1頭の鹿が歩いた足跡だけがあった。これを見たときはなんだか厳かな気分になった。
 (この後、ここに自分の足跡を付けてズカズカ歩いていくわけだが・・・。)
 
 陽の当たる場所では、ところどころ雪が融けている地点もあったが、そうは言ってもこの急斜面なので登っていくのがしんどいことにそう変わりはない。もちろん、参道を登っていたらこれの比ではなかったと思うが・・・。
 
 そんな道を歩いて登ることおよそ400mほど、距離的には大した事はないはずなのにだいぶ息も上がってしまった。やはりテレワーク続きが響いているな・・・なんてことを考え始めたところで、ついに建物が見えてきた。おお、着いたか!?
 
 車道から来ると社殿の脇から回り込む形にはなるのだが・・・。
 
 ここが本日第一の目的地、木魂神社だ。
 そういえば、社殿の手前はいきなり急斜面になっているようだが、本来の参道はどうなっているのだろうと振り返ると・・・。
 
 おっ、おおお・・・オフブーツでは立ち入ることを躊躇するほどの、幅の狭い急峻な石段が続いているじゃないか・・・。実は社殿の全景を撮るために少しだけ下りてみたのだが、オフブーツでは本当に踏み外してしまいそうで怖かったぞ・・・。
 
 そして、社殿の至る最後の石段の両脇に、目的の狼像が置かれている。
 (ちなみに狼信仰の眷属としての狼には様々な呼び名(「大口真神」「お犬さま」等等)があるが、この木魂神社のものが何と呼ばれているか現時点では分からない。)
 
 それではさっそく見ていこう。社殿に向かって左側が阿形だ。全体的なフォルムは、細かなディテールを省いたような、素朴でなだらかな造形に仕上げられている。
 さて、この写真を見て、もしかしたら(どこかで見たことがあるような・・・)と思う人もいるかもしれない(いるか?)。
 この狼像の造形、以前に見た秩父市の荒川贄川にある柊木神社の狼像にとてもよく似ている気がする。その点も加味して紹介してみたい。
 
 この阿形像で一番の特徴が、右前脚に抱えた子狼だ。子狼は全体的に丸みを帯びたフォルムの中に、顔や耳、母狼の前脚に掛けた自身の前脚なども細かく彫り込まれている。
 この子狼を右前脚に抱えている点も、柊木神社のものとの共通項だが、子狼の形状や抱える位置に多少の差異が見られる。
 
 阿形の頭部。目の造形が、輪郭線を筋彫りで表現したものだが、これも柊木神社と共通している。また、口や牙の造形、頭部全体のシルエットもとてもよく似ている。
 (ちなみに贄川の柊木神社の狼像の阿吽の判別は、口の形状を元に暫定的に判断したものの、それについては正直今でも迷っている・・・。)
 
 そして、全体として見たときに最も特徴的に見えるのが、肩部分の造形だ。両肩と、そこを繋ぐ胸元がフラットな状態で前方に張り出した造形は、やはり柊木神社のものにも見られるものだ。
 
 そして、この狼像において珍しいと思った点が、この尾の形状だ。通常、狼像の尾は、直線的やうねりがあるなどの形状の細かな差異はあるにしろ、後脚に回り込むようにして前方に伸びる造形が一般的なのだが、この狼像は、背筋に沿って真っ直ぐ跳ね上がった形状となっている。狼像としてはこの尾の形状は初めて見る気がするが、どちらかと言えば稲荷神社の狐のものに印象が近いように思う。
 ちなみに、今回比較対象として挙げた柊木神社の狼像も、尾の形状については狼像としてスタンダードな前方に回り込むタイプで、その点においてはこの木魂神社のものとは異なっている。
 そして後方からの視点でもう1点触れておくと、狼像によく見られる、ニホンオオカミの特徴である瘦身体形を表すあばらの造形はこの像には見られなかった。これも柊木神社のものとの共通点である。
 
 この狼像、いつ頃奉納されたものなのだろうと台座を見てみると、「大正十二年」と記されていた。なかなかに年季の入ったもののようだ。ちなみに、贄川の柊木神社の狼像の奉納は昭和10年で、造形的にはこの木魂神社のものを参考にしたのは間違いないと思う。同じ石工の作である可能性も考えたが、年代の差や、細かな造形の差異からみて、やはりこの木魂神社のものを模倣して、違う石工が造ったのが柊木神社の像なのではないかという気がする。
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 そしてもう1体の像、社殿向かって右側に置かれたこちらが吽形だ。
 全体的なフォルムはやはり柊木神社のものととても似ているが、こちらの像が両前脚を真っ直ぐに伸ばしているのに対し、柊木神社のものは阿吽で向かい合って対となるよう、左前脚を「く」の字状に曲げているのがこの像との相違点だ。
 
 吽形の頭部。やはり全体的なシルエットは柊木神社のものととてもよく似ている
 
 特徴的な肩の形状。柊木神社のものとの共通点として、一番目につくのがここではないかと思う。
 
 尾の形状。苔に覆われた阿形のものよりも、はっきりとその形状が分かる。
 
 一通り狼像を見てみた。今回、似ていると比較に上げた贄川の柊木神社の狼像は、やはりこちらの木魂神社の狼像を参考に(所々にアレンジを加えて)造ったのではないかと想像するが、もちろん確証はない。そして、そもそもが狼信仰ではないとされるこの木魂神社に、なぜこの狼像が奉納されたのかについての理由も分からないが、それについては今後のんびりと調べてみたいと思う。
 (そういえば贄川の柊木神社も元々は稲荷神社なのか、赤い鳥居に狐の像も置かれているが、元々は狼信仰ではなさそうという点も、この木魂神社との共通点とも言えなくもないような・・・さすがに無理があるか??)
 
 ともあれ、雪の残る神社の境内で静かに狼像を見る時間は、とてもゆったりとして良いものだった。
 
 
 2022/04/17 追記
 
 この翌月、まあもさんもこの木魂神社を訪れ、後日神社にこの狼像について問い合わせをしたそうだ。結論から言うと、やはり神社としては狼信仰の由来は伝えられてはいないとのことだ。まあもさんがレポートに上げてくれているので参照してほしい。
 
 まあものお気楽ツーリング - 埼玉・河津桜と木魂神社を巡る
 
 
 BAJA君、ただいまー。せっかくここまで出てきたんで、近くの林道の1本も走っていこうかね。
 
 木魂神社から15分ほどの道のりを経て、続いてやってきたのは秩父市の林道粟野山線だ。ここは、平成元年に猛威を振るったあの台風19号以降も普通に通行できる貴重な林道のひとつで、途中で見晴らしの良い景色を見られる地点もあり、なによりもしかしたら一昨日の雪がまだ残っていて、久しぶりに雪の林道を走れるんじゃないか、という淡い期待もある。さっそく行ってみよう。
 
 序盤の400mほどの舗装路を経て未舗装区間に入ると、この辺りの雪はかろうじて路肩にうっすら残る程度だった。
 
 まあ、確かに序盤の区間は見ての通り日当たり良好なので、降雪から僅か2日程度でも、すっかり溶けてしまっていたとしても不思議ではないけどね。
 
 しかーし!その先の日影の区間に入ると、徐々に路上の残雪が増えてきた。いいぞ!見立て通りだ!
  
 ただ、この林道は終点の手前にみかん農園があるために車両の往来も多く、雪上には既に車の轍が出来ていた。これ、あと何日か後だったら圧雪された轍がツルツルに凍結して進めなかったかもしれないな・・・。
 
 その先で再び日向の区間に出ると、路上の雪は一旦途切れ、遠くには薄っすらと雪化粧をした武甲山の姿が見えていた。
 
 冬の空気に溶け込み青白く染まった武甲山は、雪を纏うことで石灰の掘削跡の縞模様が際立ち、とても美しい姿を見せていた。これはいい日に来れたな・・・。
 
 その先、起点から約2km地点のいつもの展望スポットにも当然立ち寄り。冬のクリアな空気の中で遥か遠くの稜線までくっきりとその姿を浮かび上がらせている山々の姿は、やはりこの季節が一番見応えがあると思う。
 
 路上の雪は現れたり消えたりを繰り返しているが、この先はどこまで進めるかな。出来ればこの粟野山線で昼飯だけは食って帰りたいところだが・・・。
 
 その先で再び路上を覆う雪が現れたが、轍の中は泥交じりのシャーベット状となっていて、新雪よりも滑りやすくなっているのでうっかりツルンコなどしないよう気を付けて進もう。
 
 そのまま進むと、泥交じりだった轍もその先の雪に洗われ、すっかり綺麗な雪に覆われた路面となっていた。やった!車に踏まれた轍こそあるけれど、まだまだ積もったままの部分も残っている!
 雪と言えば、去年の10月にも川上牧丘で予想外の雪道に出くわしたが、あの時は途中の凍結区間に戦々恐々だったっけなあ。あの時とは違うふかふかの雪に嬉しくなって、思わず轍の間に残る雪をかき分けて走ったりして、久しぶりの新雪の感触を楽しんだ。
 
 そんな雪道を愉しんでくると、道の脇にフェンスの経つ地点に着いた。ここが昼飯にしようとしていた場所だ。
 
 よし、さっそく店開きだ!写真じゃ分かりづらいかもしれないけど、この段差の上は座って寛ぐにはじゅうぶんなスペースがあるので、以前もここで飯にしたことがあった。
 
 そのフェンスには、まといリスの看板が取り付けられていた。以前は見なかったような気がするが、看板を取り付けているネジがまだ真新しい感じがするので、最近になって取り付けられたのかもしれない。
 
 そんなまといリスに見守られながら、ここから見える景色を眺めてラーメンをすする。ここから見ても日当たりの良い場所はすっかり雪は無くなっているようだが、そんな中ここで雪道を走れたのは、ある程度狙ってきたとはいえやはり嬉しかった。
 
 昼飯を終えて、あの場所から先はもうすぐ行き止まりになるだけなので引き返すことにした。
 この辺りの区間が一番雪が多く残っていて、少しでも多く新雪の感触を味わおうと、あえてまだタイヤに踏まれていない雪の上を選んで走った。降雪から2日経って、まだこれだけのコンディションの雪が残ってくれていて本当に良かった。
 
 僅かな区間だったけど、久々のふかふかの雪の上も走ることができてすっかり満足だ。雪解けのダートの上でBAJAは泥だらけになったけど、久しぶりの雪の林道、楽しかった!
 もうすぐ3月も終わり、これから季節も徐々に春に向かって変化していく。各地の林道の冬季閉鎖が開けるのがいまから待ち遠しいぜ!